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東京高等裁判所 昭和32年(ラ)731号 決定 1958年7月05日

東京都商工信用金庫

三和銀行

事実

抗告人栗栖赴夫は相手方東京都商工信用金庫外十名に対して合計約金六百二十万円の債務を負担し、これが支払不能の状態にあるものとして昭和三十二年十一月二十日東京地方裁判所において破産の宣告を受けたが、(一)本件については、申立債権の存在が明白でなく、審理不当である、(二)抗告人は支払停止をしていない、(三)抗告人は支払不能ではない、から原決定は取り消されるべきであるとして抗告を申し立てた。

理由

(一)  申立債権の存在が明白でないとの点について。

証拠を綜合すれば、次の事実を一応認めることができる。すなわち、抗告人は昭和二十七年十月頃相手方東京都商工信用金庫小山支店の支店長南条正七に対し会社設立のため資金の必要ありとして金四百万円の融資を申し出た。右南条は抗告人と親戚関係にあつて、特に眤懇な間柄であり、且つ右申出に当り抗告人は借受金は会社設立のため単に見せ金に使うのであるから翌日にでも返還することを言明していたので、当時南条は小山支店長として相手方の本店に無断でこのうよな大金を融資することは許されていなかつたにもかかわらず、抗告人の言を信用して相手方の代理名義を以て同月三十一日金四百万円を数日中に返還すべき約定で抗告人に貸与した。しかるに抗告人は約旨に反して右借受金の返済をしないのみならず、同年十一月八日に至り、右南条に対し更に金二百万円の追加融資方を申し出で、若しこれに応じないときは前記四百万円の返済も覚束なくなる虞がある旨暗示したため、右南条は行きがかり上、これまた本店の諒解を得ないで相手方の代理名義を以て抗告人に対し前同様の約定で金二百百円を貸与したものである。

もつとも、証拠によれば、日産メトロ交通株式会社は金額四百五十万円及び金額百五十万円の約束手形各一通を相手方宛に振り出し、抗告人は右各手形に手形上の保証をしたことを認めることができる。これによると、抗告人は相手方に対し、右約束手形の主債務者日産メトロ交通株式会社のためにその手形上の保証債務を負担しているにすぎないかの如く見えるけれども、原審証人南条正七の証言と相手方審問の結果を綜合すれば、南条正七は抗告人を厚く信用していたため、前記貸金を交付するに当り、抗告人から何らの証書類を差し入れさせなかつたところ、抗告人は約旨に反しその返済を遷延し、南条の厳重な督促により昭和二十八年六月頃に至り右貸金債務の支払方法として振出日附を遡及して作成された前掲の約束手形二通を差入たたことが窺えるので、右約束手形の存在することは、抗告人と相手方との間に消費貸借が成立したとの認定を妨げるものではない。

してみると、南条正七が相手方の代理名義を用いてなした右消費貸借契約は本来無権代理行為に当るものであるが、本件破産申立書の記載によれば、相手方は南条のなした右消費貸借に基き抗告人に対し金六百万円の債権があることを主張し、これを申立債権として抗告人に対する本件破産の申立をしていることが明らかであるから、相手方は右南条のなした無権代理行為を追認しているものということができる。そうすると抗告人は相手方に対し右消費貸借契約に基き金六百万円の債務を負担するものであるから、本件申立債権の存在が明白でないとする抗告人の主張は採用できない。

(二)  抗告人は支払停止をしていないとの点について。

破産法は原則として支払不能を破産原因と定め、債務者が支払を停止したときは支払不能と推定しているのである。従つて裁判所は破産事件の審理に当り債務者が支払不能の状態にあるものと認めるときは、支払停止の有無の点につき判断するまでもなく破産を宣告すべきものである。本件においては債務者たる抗告人は後記説示のとおり支払不能の状態にあるものと認められるから、抗告人が支払を停止したか否かの点は判断の必要をみないのであり、原決定も抗告人が支払不能の状態にあるものと認めて破産宣告をしているのであつて、支払停止の有無につき判断を加えているわけではない。従つて抗告人の主張はすでにこの点において採用し難いのみならず、証拠によれば、抗告人は昭和二十八年八月当時においては、相手方以外にも他に多額の債務を負担して金融逼迫し、同年八月三十一日三和銀行神田支店を支払銀行とする金額四百十七万円の約束手形を不渡りにしたため遂に銀行取引の停止処分を受けるに至つたことを窺うことができる。従つて抗告人にはその頃支払停止の行為があつたものと認められるので、抗告人の主張は理由がない。

(三)  抗告人は支払不能の状態にあるものでないとの点について。

およそ支払不能とは、債務者が一般に金銭債務の支払をすることができない客観的状態をいうのであつて、人の弁済力は財産信用及び労務の三者から成立するものと解せられるから、抗告人の所有する財産、その信用及び労務について順次検討してみる。

(A)  抗告人の財産――本件記録によれば、相手方は原裁判所に破産宣告前の保全処分として抗告人所有の有体動産の仮差押の申請をなし、昭和三十年二月十八日その旨の決定がなされ、同月二十一日抗告人の肩書住所において仮差押の執行がなされたのであるが、これによると、抗告人は右住所に家具、什器、書籍、書画、骨董類等有体動産を所有しその見積価額は合計金五十六万一千八百円であることを一応認めることができる。

抗告人は、右見積価額は甚だ低額で、什器備品の総計は右見積価額の三倍ないし四倍の七十万ないし八十万を下らないし、抗告人所蔵の書籍には稀本珍本が多く、全書籍の価額は約二百万円と見積られ、更に書画、骨董類も少なくとも百五十万円を下らない旨主張するけれども、抗告人の右主張事実を認めるべき疏明はない。その他抗告人が特記すべき財産を有することを認めるに足る疏明は存しない。

(B)  抗告人の労務による収入――抗告人審問の結果によると、抗告人は現在財団法人経済政策研究所会長並びにビルマ企業会議、SS製薬株式会社、塚本商事株式会社の各顧問をしていて、その顧問料等の収入は月額約十万円であることを認めることができる。

(C)  抗告人の信用による支払能力――抗告人は株式会社日本興業銀行の理事、総裁を経て、昭和二十二年六月片山内閣の大蔵大臣となり次いで昭和二十三年三月には芦田内閣の国務大臣兼経済安定本部総務長官、物価庁長官等を歴任し、中央大学や慶応大学において教鞭を執つたこともあり、法学博士の学位を有するいわゆる名士であることは本件記録に徴し明らかである。従つて抗告人が多大の信用を博していたものであることは容易に窺知できるけれども、相手方提出の疏明方法を綜合すれば、抗告人は昭電事件以来漸次その信用を失墜し、昭和二十七、八年頃から一千万円以上の多額の債務を負担しながら金融意の如くならず、肩書住所や郷里に所有していた不動産を売却処分するに至り、現在においては抗告人の信用による支払能力は特に取り立てて論ずるほどのものでないことを推認することができる。

以上の各点を綜合して判断すると、抗告人は現在相手方に対する債務を含め合計金約六百二十万円の債務を負担し、一方積極財産として前示有体動産(見積価額合計金五十七万円余)のほかは特記すべき財産とてもなく、抗告人の労務並びに信用の点を考慮に入れても、全く支払不能の状態にあるものと認めざるを得ない。

以上のとおりであるから、抗告人に対し破産宣告をした原決定は相当であり、本件抗告は理由がないとしてこれを棄却した。

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